世界を舞台に活躍する経営者やアーチスト、トップアスリートたちが実践していることで注目を集め、さらにグーグルやアップル、フェイスブックといった大手IT企業がこぞって研修や福利厚生に導入したことで一躍認知度が高まった「マインドフルネス」という概念。その波が日本にも押し寄せています。仏教由来の“座禅”に代表される瞑想(めいそう)の文化から宗教色が排除され、横文字となって“里帰り”したようなものです。
自分の中の雑念を取り除いて、今、眼の前にあることだけに集中して“マインド”を静め、内面を“フル(満たす)”にする状態。その効果として、集中力の向上やストレス軽減、仕事の効率向上、イライラ・怒りなどの感情のコントロールといった、生産性や創造性の向上につながる点が、企業が導入へ前向きな魅力といえます。
マインドフルネスをうたった“瞑想ビジネス”は、日本でもさまざまな分野で立ち上がっています。
日本初の瞑想専用スタジオとして2018年にオープンしたのが「muon(ムオン)」(東京/運営:ヨギー)。ほの暗い通路を抜けると光の柱がランダムに並んだ森の静寂のような空間に。瞑想用のクッションに座ると、音声ガイダンスに合わせた柱の発光とともに瞑想の世界へ誘われます。プログラムは30分間からで、料金は1回2000円、1カ月通い放題で7000円(税別)。
働く女性がターゲットの“没入体験型”の瞑想スタジオ「Medicha(メディーチャ)」(東京)が昨年オープン。店舗名は“メディテーション(瞑想)”と“お茶”を掛け合わせて命名。異なる4つの部屋をめぐり、トータル80分で、音楽・香り・照明・空間、そして最後にはゆっくりお茶をいれて飲み、思いを整えて日常に戻る準備をするという、五感すべてにアプローチする瞑想体験プログラム(1回8000円/税別)。
スポーツクラブの[メガロス]では、水中でのマインドフルネスを開発。水中に入り、棒状の浮き具に腰掛けて5分、浮き具を首の下に当てて仰向けに浮かんで5分。40〜60代の利用者が多く、料金は月9000円(八王子店の場合)。
会社に居ながら瞑想をと、ビジネスマンのために開発されたのが「瞑想ポッド」(ラッセル・マインドフルネス・エンターテインメント・ジャパン)。高さ2m65cm、横幅が2mほどのタマゴ型で、中に入るとヒーリング効果のあるLED照明や7個のスピーカーからは心地よい音楽が流れ、15分程度の瞑想を促します。
人が過密で、常に情報にさらされ、煩わしい人間関係……デジタル機器と格闘しながら日々の仕事に忙殺されるストレスフルな現代人だからこそ、静かに自分と向き合い、無心になれる貴重な時間を提供してくれるサービスがウケているようです。“心の筋トレ”ともいわれるマインドフルネスビジネス、日本ではまだ始まったばかりです。
※参考:
ムオン https://muon.world/studio/
メディーチャ https://medicha-jp.com/
メガロス http://www.megalos.co.jp/
ラッセル・マインドフルネス・エンターテインメント・ジャパン
https://russellme.com/
日経MJ(2019年7月15日付/同10月25日付/同12月4日付)
健康志向の高まりを背景に、豆乳の国内市場は拡大を続け、この10年で約2倍に伸長(日本豆乳協会)。成長が鈍化する兆しはないといわれるほど、活況を呈しています。
豆乳は、JAS(日本農林規格)によって3つのカテゴリーに分類されています。大豆と水だけで作られた「豆乳(無調整)」、大豆と水に砂糖・塩・油脂・香料などを加えた「調整豆乳」、そして調整豆乳に果汁やコーヒーなどを加えたフレーバー系の「豆乳飲料」です。「調整豆乳」が、生産量、消費量とも断トツで先頭を走っていましたが、最近は、濃厚で本格的な味わいの「無調整豆乳」の上昇が著しく、追い上げが加速しています。
実は今回のブームに至るまで、豆乳には山あり谷ありの物語が----。
最初の豆乳ブームが沸き起こったのは1983年。世界的な健康ブームに便乗する形で生産量もアップ。しかし、わずか2年余りで生産量は半分以下に激減。原因は、青臭さやえぐみがあって、おいしくなかったから。その後、2000年までは“豆乳の失われた15年”といわれており、メーカーはその間、味の向上を目指して商品改良を重ねます。2000年に入ると主成分の“大豆イソフラボン”が女性の更年期や骨粗しょう症にいいらしいという情報が広がり、第2次ブームが訪れます。しかしそれもつかの間、2004年に海外でイソフラボンの過剰摂取ががんのリスクを高めるという情報が流れるや、またも生産量が落ち込みます。豆乳市場の“イソフラボン・ショック”です。しかしその後、イソフラボンの悪玉説が翻り、逆に2007年、厚労省から大豆イソフラボンが乳がんや前立腺がんのリスクを低減させる効果があると発表されるに伴い、市場も回復。さらに2008年、“メタボ”が国民病として注目されるようになると、コレステロール低下や肥満予防などの効果が期待される豆乳の存在価値がいっそう高まり、今日に至ります。
3次ブームの要因は、風味が向上して飲みやすくなったことに加え、各社、品ぞろえが充実したこと、さらに料理使用の需要が伸びて飲用以外の利用者を獲得したことが挙げられます。
[キッコーマン飲料]は、冬場の新習慣として豆乳を温めて飲む“ホッ豆乳”を提案。売り上げは10年前の2.6倍に拡大しています。
豆乳のヨーグルト「SOYBIO(ソイビオ)」ブランドを展開する[ポッカサッポロ]からは、飲むタイプの「SOYBIO豆乳ヨーグルト180gストロー付きカップ」(税別150円)が発売。
豆乳・みそ大手の[マルサンアイ](愛知)は、豆乳飲料に新たに「花香(ファンシャン)ウーロンティー」と「ほうじ茶」をラインアップし、茶系フレーバーの新しい可能性を探ります。
日常的に豆乳を飲む人は、男女とも50〜60代が突出しており、消費者層に偏りがみられるのが現状です。日本豆乳協会では、毎年10月12日を「豆乳の日」と定めるほか、全国の高校で豆乳に関する講義を行う「移動食育教室」や高校生対象のレシピコンテスト「豆乳レシピ甲子園」を開催し、若年層に向けて豆乳の魅力を発信。また「豆乳資格検定」を設けるなど、豆乳への興味・関心を喚起させる側面からの地道な活動が、今日の利用拡大につながる一端となっているようです。
※参考:
日本豆乳協会 http://tounyu.jp/
農林水産省 http://www.maff.go.jp/
キッコーマン飲料 https://www.kikkoman.co.jp/
ポッカサッポロフード&ビバレッジ https://www.pokkasapporo-fb.jp/
マルサンアイ https://www.marusanai.co.jp/
日経MJ(2019年9月30日付/同10月18日付)
『私道での撮影禁止---許可のない撮影は1万円申し受けます』---昨秋、京都・祇園に、こんなお触れ書きのような看板が設置されました(日本語・英語・中国語)。主に外国人観光客による、道いっぱいに広がっての写真撮影や舞妓の写真を撮るためにしつこくつきまとう“舞妓パパラッチ”の迷惑行為、私有地・民家に許可なく侵入しての撮影など、文化の違いというには目に余るマナー違反が相次いだための策。これが今、深刻な問題となっている「観光公害=オーバーツーリズム」と呼ばれる現象で、観光地に多くの人が訪れすぎて地元住民の生活環境に悪影響をおよぼしている象徴的な事例です。どうやらそれは、観光客が増えるほど地元経済が潤って、うれしい悲鳴では?などという楽観的なレベルではなさそうです。その弊害として、タクシーや観光バスによる交通渋滞、路線バス・電車など公共交通機関の混雑・遅延、食べ歩きによるポイ捨てゴミの増加、トイレ不足、深夜の騒音、落書きなどによる景観の損失、さらに地価や家賃の高騰を招くまでに。
住民との摩擦が社会問題化している観光公害は、日本の観光地にとどまらず世界的に顕在化しています。
5万5000人の人口に年間2100万人の観光客が訪れるベネチア、人口85万人の街に年間1600万人が押し寄せるアムステルダム、人口160万人のバルセロナには年間3200万人が…これらの街ではそれぞれ、ホテルの新設禁止や観光バスの市内乗り入れ禁止、民泊利用禁止、観光税の徴収、観光客向け商業施設の新設禁止など、さまざまな方策が講じられています。
観光というビジネスは、本来、地域の経済活性化のためのもので、地方創生には欠かせない大切な収入源であるはずです。しかしそれが、その地域の主役ともいえる地元住民に不利益をもたらすとあっては、まさに本末転倒。
150万人が住む街に年間5000万人がやって来る、京都。街中のいたるところに観光スポットが点在し、暮らしの営みそのものが見世物となり、観光公害最前線となっているのが実情です。日本人でも敷居が高いイメージの花街の古風な町並みも、彼らにとってはテーマパークぐらいの感覚なのでしょうか。冒頭の“撮影禁止”の看板を掲げた真意は、マナーを守って!と訴えているのではなく、これをきっかけに観光客が来なくなればいいというのが正直な気持ちとか。
来るなとは言えないが、歓迎はできない----京都に限らず世界の観光都市の共通の思いかもしれません。今後の課題は、“いかに観光客を呼び込むか”から“いかに観光客を制御するか”。持続可能なツーリズムの実現へ向け、観光地をきちんとマネジメントする能力が国や自治体に求められています。
※参考:
観光庁 https://www.mlit.go.jp/kankocho/
京都新聞電子版(2019年6月19日付/同8月27日付/同12月4日付/同12月9日付)
朝日新聞(2019年8月27日付)